がんを予防するワクチンでよりよい未来を選ぶ
高柳 健太
(苫小牧市医師会・たくしん小児科)
高柳 健太
(苫小牧市医師会・たくしん小児科)
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、性交渉のある人の多くが一度は感染する、ごくありふれたウイルスです。感染しても多くは自然に排除されますが、まれに持続感染することで、子宮頸(けい)がんという深刻な病気の原因になることがあります。
この感染を予防する有効な手段として開発されたのがHPVワクチンです。現在、日本では9種のHPVウイルスに対応した9価ワクチンが主に使用されており、感染予防効果は約90%と非常に高いとされています。小学6年生から高校1年生相当の女子は、定期接種の対象として公費で無料接種できます。
しかし、日本では、かつてHPVワクチンの接種率が1%まで落ち込んだことがありました。その背景には、2013年におけるテレビや新聞による「ワクチン接種後の体調不良」報道がありました。「歩けなくなった」「意識を失った」などと、ワクチンと症状との因果関係が明らかでないままセンセーショナルに報道され、多くの人々に不安を与えました。その影響で、厚生労働省はHPVワクチンの積極的な接種の呼び掛けを中止し、接種対象の世代だった若者たちは、予防の機会を逃してしまいました。
その後の疫学的研究や専門家の検証により、当時報告されていた症状とワクチンとの因果関係はほぼ認められないことが分かりましたが、その間も先進国ではHPVワクチンの接種が継続され、子宮頸がんの発症率が大幅に減少したと報告されています。一方で日本はワクチン接種率が低調だった影響で年間約1万人が子宮頸がんにかかり、約3000人が亡くなっているのです。
現在、苫小牧市医師会は小児科医会・産婦人科医会と連携してHPVワクチンの啓発活動を行っております。厚労省や世界保健機関(WHO)は、HPVワクチンは非常に安全性の高いワクチンであると評価しており、万一の健康被害が起こった場合には公的な救済制度も用意されています。
ワクチン接種によって得られる「がんの予防」という利益は、ワクチン接種のリスクをはるかに上回ります。迷ったときは、信頼できる医療従事者や自治体の窓口に相談してみてください。HPVワクチンは、将来がんにならないために自分で選べる、数少ない「予防の手段」です。
なおHPVは女性だけでなく男性にも感染し、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんのリスクになります。そのため、男性への公費接種の導入も一部自治体で始まっており、今後の普及が期待されています。ちなみに私自身も、自費でHPVワクチンを接種しました。予防は「今、選べる未来」の第一歩です。
2025年08月31日 苫小牧民報 掲載